蛍光アゼルバイジャン

Fluoresce Azərbaycan

「KANA-BOONばっかり聴いてる場合ちゃうやろがボケ」

と、彼女は言った。彼女の怒りは大抵邦楽ロック批判から始まる。

秘密保護法が国会で採決されてもうてんねんで?もううちら自由に発言できひんくなるねんで?せやのに自分いつまでもパソコン弄っとってうちのことなんもせーへんしYouTubeでしょーもない音楽ばっか流しおってほんまうちの気持ち考えたらもうちょっと分かるやろ?なにがKANA-BOONやねんほんま全員尾崎世界観みたいな髪型しよってええかげんにせえよほんま」

彼女は柄の悪い南の関西弁で捲し立てる。僕は丸を出現させるプログラムを打ち込む手を止め、一瞬、彼女を見上げた。酒に酔った彼女は真っ赤な顔をして、さっき開けたばかりの淡麗グリーンラベルを片手に立ち上がってふらふらしている。黒いワンピースが軽快なギターに合わせて揺れる。前髪で目が隠れているボブの中に、熱が伝わるように赤い顔が見えた。尾崎世界観を批判する権利などかけらもないはずの、立派なサブカル女子である。少しは鏡を見てから話す癖をつけたらどうだろうか、という言葉と引き換えに、僕は正論を引っ張り出す。

「だいたいさあ、秘密保護法って公務員を対象にしてるもんだから、学生の俺に何か関係あるもんじゃないし、ましてやフリーターの君が何を発言しようと秘密保護法どころか世の中誰も規制しないから全然大丈夫だよ?」

ふらついている尾崎世界観は酢ダコのような顔で顎を突き出し、中身を飲み干したのを確認してから、僕に空き缶を投げつけた。「糖質70%オフ」が僕を目がけて飛んできたものの、僕のパーカーの袖に小さなシミを残してカーペットに軟着陸する。

「うっさいねん自分いちいちいちいち!うちがどんだけ自分のために頑張ってると思てんねん!誰がフリーターやねんほんまいい加減にせえよ、ちゃんと昼は美容師見習いやって夜はキャバクラでくっさいおっさん相手に頑張ってしょーもない話ばっか気持ちよーくしゃべらせてあげてんねんで?家でパソコンばっか弄っとる自分には分からへんと思うけどなあ、音楽止めろボケ!耳障りやねんほんまに」

僕は無数に散らばった三角形を小さくする関数を打ち込みながら、静かに一番搾りを啜って、ノイズの中の音楽を拾った。また彼女の顔を見て不意に、熱唱する尾崎世界観そっくりだね、という言葉が喉仏まで出てきた。僕は無理やり飲み込んで、慈愛に溢れる言葉を引っぱり出す。

「申し訳ないんだけど、俺ちゃんと家で受注してるから、その辺の会社員より貰ってるし大丈夫だよ。あと君KANA-BOON大好きだよね?その髪型もクリープハイプとKANA-BOONの真ん中意識してるでしょ?ていうか『お願い!ランキング』面白いから静かにしてくんない?」

彼女の顔は酢ダコから赤ワインまで変幻自在である。今年のボジョレー・ヌーヴォーはキャッチフレーズのつけようもないほど不作であった、という、生きる上で一切必要のない知識を僕は頭の中から必死で追い出す。

「ゆーて自分もなあ、その髪型ラスベガス意識してんのか知らへんけどなあ、全ッ然カッコよくないカッコよさのかけらもない下品な金髪やで、自分それ美容師さんに言われへんかってんやろ?『もう一回ブリーチしてください』って言われへんかってんやろ?ほんましょーもない見栄張ってるからあんたはいつまで経っても彼女出来ひんねんで?ほんまもうちょいファッションのセンスとか身につけたらええやろ、あ、友達おらへんから服買いに行かれへんのか、ほんま可愛そうやな君は、はよその悪い夢に出てきそうな音楽止めてくれへん?うちまでセンスなくなるわ」

僕はわずかに残った一番搾りを飲み干し、静かに息を吐いて左手で缶を握り潰した。

「うん、わかったからさあ」

「わかってへん、全然わかってへん」

僕はMacbookを閉じて立ち上がり、ふらつく彼女の首を左手で、同じ力で締め上げた。小さく心地良い悲鳴が漏れる。

「わかったから、セックスしよ?」

「うん、する」

 


KANA-BOON / ないものねだり - YouTube